森への移住と、スタジオを手放す決断 〜スタジオマカナのこれまで・これから【前編】〜

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2025年11月末。
6年半ほど過ごした森の家を離れ、再び、仙台に戻ってきました!

2020年に仙台のスタジオを終了してからというもの、こちらのブログは放置気味でした…
(インスタは、ちょこちょこ更新しております!良かったら♡→https://www.instagram.com/shoko_makana/?hl=ja

 

この度、再び仙台にてヨガクラスをするための準備をしています^^

過去のスタジオマカナを知らない方もいらっしゃるかなと思うので、今日は少し振り返りながら。
当時は書けなかったことも含め、スタジオマカナのことを書いていきたいと思います!

川崎町へ移住。仙台と行き来する二拠点生活

2019年6月。
宮城県・川崎町、青根温泉近くの緑豊かな別荘地へ移住しました。


(森の散歩道)


(森の家にて)

 

長年の夢だった、「自然の中で暮らしてみたい」という夢を叶えるために。

当時、仙台市・花京院にてヨガスタジオを運営していたため、移住後は、仙台と川崎町を行ったり・来たりの二拠点生活でした。


(当時のスタジオマカナ)

通勤距離は車で1時間ほど。
そこまで遠くはないけれど、忙しい土日は、自身のヨガクラス・事務仕事・清掃など。仕事終わりが深夜になることもあり、実はスタジオに寝泊まりしていました(笑)

かなり山の中に住んでいたため、台風や大雨、大雪など自然の影響でスタジオに行けなくなることも何度か…
通うのが大変だなと思うことは、ゼロではなかったけれど。この頃はまだ「スタジオを手放す」決断をするなんて、1ミリも思っていませんでした。


(一番酷かった台風の後。)

コロナ禍での緩やかな時間と気づき

そんな生活を10ヶ月ほど続けた頃、コロナ禍がやってきた。

2020年4月、1ヶ月間の営業自粛。
自粛期間は、毎日、家の窓から見える桜をのんびり眺めていた。満開になったらお団子買いに行こう〜!なんて、のんきにわくわく計画を立てながら。


(当時、眺めていたお庭の桜!)

この時期、ふいにやってきた立ち止まる時間の中、気付いたことがあった。
「毎日、すごく気を張っていたんだな。」ということ。

会社員を辞めて、「はじめての起業」「はじめての経営」。
私の場合はひとりではなく、「旦那さんと一緒に(当時はまだ結婚していなかったけど。)」だったので、心強かったし、たくさん助けてもらえた。心配事は、半分になっていたと思う。

でも、ふたりとも経営・運営に関しては、ド素人。
本当に試行錯誤の日々だった。最初の頃はうまく休むことができず、休日は月に1日だったり。

それにスタジオをはじめた頃は、ヨガ講師としての経験も浅く。経営・集客などに向き合うと同時に、自分のヨガクラスを模索していた時期でもあった。
ヨガ講師として、まだまだ成長が必要な時期。(それは、一生続くけれど。)

好きなことを仕事にし、夢だったスタジオも作ることができ。とても楽しく・やりがいを感じている反面。
精神面での負担は、なかなか大きかったと思う。

 

この頃は、自分自身のヨガの実践も未熟だったなと思う。

だからヨガの教えとは逆の方向へ。
「もっと、もっと。」「自分は、まだまだ足りない。」そんな想いとともに、走っていたような気がする。

 

1ヶ月間の緩やかな時間は、今後のことをじっくりと考えるひとつのきっかけになった。

愛着のある場所を手放した理由

営業自粛期間が明けてからは、規模を縮小しながらヨガクラスを続けた。

すぐに元の生活に戻るだろうと思っていたけれど、その後も状況は変わらず。
コロナ前より、ヨガクラスへの参加者が減ったのはもちろん。新規のご予約も大幅に減った。

この頃はまだ、必要以上にコロナが恐れられていた時期。きっと、ヨガスタジオに限らず、どの業種でも同じような状況だったと思う。

けれど、そんな状況の中でも、ずっと変わらず来てくださる方もいて。
特に、長く継続的に通ってくださっていた方たちは、何事も無かったかのようにヨガクラスに参加してくれた。

そんな方たちとの少人数でのヨガの時間は、とても楽しく・充実していた。
実は、「ヨガを伝える」という部分では、コロナ前より満たされていたりして。

 

なぜなら、経営者としては、「もっと集客を頑張らなければ」という課題・思いが常にあった。
自身のクラスだけじゃない。業務委託の先生方にもクラスをお願いしていたため、本当にまだまだ、経営面では頑張りが必要だったと思う。

でも、コロナの頃は「コロナだからしょうがないよね」みたいな空気感が世界全体に溢れていて。

「来てくれた方に、心を込めてヨガを伝える」
そんなシンプルなことだけを考えていられたような気がする。(言葉で表すのは、ちょっと難しいんだけれど…)

 

一方、正直なところ、コロナ禍以降は「経営面は厳しい」という状況が続いていた。

周りを見渡すと「辞める」という決断をしている人がどんどん増え。
スタジオマカナをレンタルしてくださっていた先生方も、ほとんどの方がレンタルを終了していった。

 

大変な時期ではあったけれど、この時期のお陰で、新しい暮らしへの決断ができたことは間違いない。

人は、今いる環境がとても平和だったなら。わざわざ大変な思いをしてまで、川を渡って向こう岸へ行こう!とは思えなかったりする。
だからヨガの教えの中では、川を渡るために・渡ると決断するために、「苦しい」と感じる出来事が起こることがあると言われている。

まさに、そんな時期だったと思う。沢山の人達が、生き方を変えるきっかけになった出来事。

 

2020年9月頃。
このまま、この場所で頑張り続けるのか。辞めるのか。真剣に考えはじめた。

もう無理…そうなる前だからこそ。自分の想いも大切にしながら、余裕を持って決断することができる。決断する時だった。

とてもとても大切な場所。たくさんの時間とお金をかけて、作った場所。
リフォーム会社さんにお願いした部分もあるけれど、床や壁の張替えなど、できることは自分たちの手で行った思い入れのあるスペース。

そして、素敵な出逢いをたくさんたくさん運んできてくれた場所。

始めるときよりも、すごくすごく悩んだ。愛着のあるものを手放すことは、とても怖い。

この場所で生まれたあたたかい繋がりも無くなってしまうのではないか…という寂しさと怖さ。
今、来てくれている人を悲しませてしまうのではないか・がっかりさせてしまうのではないかという思い。

studio makana yoga

それでも、最終的に「辞める」という決断をした。

この決断ができたのは、きっと青根に移住していたからだと思う。自分の本当の気持ちをちゃんと観て、決断することができた。

自粛期間に気付いたこと。コロナ禍のヨガクラスで感じたこと。
もう少し、違うかたちで。私自身が気負いすぎず、純粋にヨガを楽しめる形で伝えていくのもありなんじゃないかなと。

 

森の家からオンラインでヨガをお届けする。そして、森の中でのんびりと寛いでもらえるようなヨガクラスをする。
「たくさん」じゃなくていい。少しの繋がりとご縁を大切にできる場所。


(森のヨガスタジオ)

 

ある日、家の床を雑巾で拭いていたとき、ふと「年内で辞めよう」そう心の声がした。涙が出てきた。

2020年12月、仙台市・花京院のスタジオマカナは終了した。

 

仙台のスタジオ手放し、新しい生活がスタート。
でも、森での暮らしは穏やかなだけではありませんでした。

→ 次回【中編】へつづく。

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この記事を書いた人

三品尚子

三品 尚子Shoko Mishina

全米ヨガアライアンス認定講師(E-RYT200 / RYT500)
Studio Makana(スタジオマカナ)代表 / ヨガインストラクター

20代の頃に抱えていた慢性的な肩こりや疲労感、自律神経の乱れをヨガで克服した経験を持つ。インド伝統のヨガ哲学や中医学を深く学び、ポーズの美しさやエクササイズ目的ではなく、「心とカラダを根っこからととのえる」ためのヨガを指導。 現在は仙台市若林区のスタジオおよびオンラインにて、30代以降の女性の不調改善と「自分らしく幸せに生きるための土台づくり」をサポートしています。

宮城県仙台市在住

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